


結局3枚描いた。
一回目のステージで一枚。
二回目のステージで2枚。
最後の曲とアンコール、私がした、の二曲の演奏の短時間で描いた最後の一枚はピアノとウッドベースを抽象的というか記号的に表現した。
縦長の小さな空間。ステージの半分を占めるグランドピアノ。
そのとなりでイーゼルを立ててペイントスペース。
なかなかいい空間になっていたように思う。
もしかしたら定期的に参加させてもらえるかもしれない。
ただライブペイントのジョイントではなく、ピアノとウッドベースとペイントのユニットでやっていきたいという感じのよう。
やってることは同じかもしれないが
バンドのパートとしてのライブペイントという捉え方ならおもしろい。
お互いが見える位置にいて尚且つ聴き手にも見えるポジションがあればいいのに。
楽しく描けた。
互いの漂う空気で会話ができるように
今後も続けて作っていきたい。


明日のライブペイントと演奏は
2ステージ
20:00〜
21:00〜
それぞれ演奏は45分程度。
多分、位置的にはピアノの手は見えないからウッドベースの手をよく見よう。
昨日はハンター坂に新しくできたバーで飲み過ぎた。
3、4年ほど前に、三宮にあるバー、コードで隣り合わせて彼のイベントに出させてもらった縁でそれからつかず離れずの付き合い。何かと会う。
カウンターはなく大きなダイニングテーブルと四人席がふたつ。
広めのリビングのような空間。
弦楽器はたくさん揃っていていいスピーカがあってビールは缶。
ギター弾いて
オーナーの知り合いのお客さんの母子のスケッチをプレゼントしてビール一杯奢ってもらい、結婚式での演奏帰りのミュージシャンの演奏、木管楽器のクインテット、を聴き
再びギターを弾きオーナーのウッドベースとセッション、オーナーのの知り合いのお客さんのギターとマンドリンとなぜか私がウッドベースのセッション。
そんなこんなでどんな店か様子見で一杯のつもりが終電なくなるまで飲んで帰った。
早く帰るといっていたのに遅くなった言い訳もできない、説明が難しい。
めまぐるしく様々な人に会って
様々な出来事があって
さりげなく始まったパーティのようだ。
オーナーは通称GAS
店の名はThe GAS again
知り合ってから彼が店を出すというのを四度ほど聞いた。
センスのかけらもないと個人的に思う名だが
彼の生き方はとても興味深いと思う。
そして彼が好きだ。
とふたまわりほど歳上の人に対して偉そうなこと述べてるけど。
彼から感じるアンバランスさは
自分の感覚を信じて自分の道を一から作っているところにあるように思う。
人に教えてもらってどれくらいの人が本当に学んでいるのだろう。
学ぶ姿勢は大切だが
受け身ではいけない。
知りたいから追究するのだ。
自分が学んでいることに気づかないくらいがいい。
6月15日は元町ダイニングバー、ラフレアにてライブペイント。
友人のイベント、peace mountain
DJ, バンド、アートありのオールナイトイベント。
この歳で酒呑んで朝まで持つか、
とてもよい学びの機会を与えてもらっている。
スケッチブックの表紙に白ペンキで描いたグールド。



写真をそのままではやはり量感というか存在感が出ない。

なにかを失いながら生きている
豊かな時代の、豊かな環境に生まれて生きて
贅沢にも真の豊かさを知るために
望んでいるのか望んでいないのか
大切さを知るために大切なものを失いながら生きている
今あるかけがえのない小さなものに囲まれて生きていることに気づかない私は
それらの価値を見出だすために、愚かにも失おうとしている
乾ききった体にしみわたる一口の水の味わいを求めて砂漠に身を置くのだ
人生デトックス
人生サウナ
バカだ。



もしかしたら本当に見え方が違うのかもしれない。
赤い色を視覚から感じるまま赤いと思うか
可視光線では赤だけを反射する物で、赤の波長だけが目に入ってくると認識するか。
やはりいつもたどりつくのは、同じ世界にいながら人それぞれ異なる世界の映像が広がっているのだろうか、ということ。
デッサンをするというは絵がうまくなるということではなく
描けない人には新しい視点や認識を与えるということ、
描ける人には物事の構造を再認識するということ。
デッサンを知らない人に知ってほしい、
新しい視点、認識を。
おこがましいが知ってほしい。
そして誰か私に、私の知らない新しい視点と認識を与えてほしい。
デッサン教室でもやろうかな。
週1もしくは月4回、月謝8000円、知り合い価格6000円、なかよくなれば教室帰りに一杯奢りが授業料。
生徒募集中。
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